モロッコの旅 あれこれ

ガイドブックに載っていない場所やものごと 知って得するかも!何かを探しながら旅している人!モロッコだけだけど、何かがあるかも!

クサールエルケビーラ 仏領西領 国境

ラバト、ケニトラを経て北上していくと一大農産地が広がっている。

そこはセボー(Sebou)川沿いのため水に不自由することがない。農業がしやすい。

地中海性気候で水があり、この周辺の土も肥沃な土壌。フランス人が入植した時に

大々的な農園を繰り広げた場所でもある。今ないけど、六十年も前はここでも

マラリアがあったようだ。いまは撲滅して、問題はない。

この農産地を過ぎると、クレールエルケビーラ(Ksae el Kebir)の街の手前で

ラバト・サレ・ケニトラ圏の境を通るところにゲートの名残がある。このゲートは

かつてここから北はスペインの植民地を示すところ。フランス領とスペイン領の

国境線を表していた。国境のための検問所跡。スペインやポルトガルの歴史を

知る時にはこの国境線から上の街であるクレールエルケビーラを調べるといい。

自分は歴史学者でないのでこの内容を知るには至らなかった。

 

このクサールエルケビーラは観光地でもなく、全く何もない。普通の街。

駅を下りても何もない。駅そのものは独立以前からある様式の建物。

昭和の終わり頃、ここの街を訪ねたことがあった。メディナの近くに行ったところ

いきなり「日本人を探しているのか」と言われたことがあった。当時日本人女性

住んでいたらしい。メディナの雰囲気を見に行っただけなのに話が変な方向に

なろうとしていた。しかし、日本人に会うことはなかった。

まちの雰囲気はスペイン系なのかなと思いきや思いっきりモロッコそのもの。

メディナは歴史はあるものの、これといった特徴のあるものが存在するわけでもない。

まちの名前も「大きなクサール(要塞)」を意味している。何かがありそうだけど

何もない。まちが出来た当時はかなり大きな街であったと想像はできるが、街相当の

住人が住んでいたかどうかそこは不明だ。それ以来二度と行くことはなかった。

 

ここからララシュ(Larache)へ向かう国道沿いで屋台のようにして果物を売っている。

黄色いウリ、大小のスイカ、サボテンの実、ミカン、野菜(ほとんどない)等々。

この中で一番おすすめなのが黄色いウリ。小さいラグビーボール状のウリ。

特に天気の良好な年で程よい雨の年のウリはうまい! 甘さがはんぱじゃない。

イカは出来不出来にムラがありすぎる。一度は食べてみたらーーー!

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真ん中の黄色いのがウリ(黒い矢印) これは市場のウリの写真。